インナーメーカー
 
今、多くの日本企業が巨大市場中国、特に発展がすさまじい上海に活路を見いだすべく、進出しようとしています。WTO加盟後、2004年度末には、小売業、卸売業の様々な規制が撤廃され、一斉に世界の名だたる企業が中国市場に進出することが予測されます。

そんな中、第1回目は、中国に進出されているあるインナーメーカーの駐在員の方にインタビューさせていただきました。

Q. 中国市場に進出した経緯、進出形態などを教えて下さい。
A. これまでも中国での生産活動は行ってきましたが、
今注目されている中国市場で販売もしていかなければならないということで、進出することが決まりました。
進出形態は独資(出資比率100%)で、*外高橋に事務所を置いています。主に、デパートに商品を卸しており、直営店は出しておりません。
商品に関しては、中国で生産をやっていますが、その中から中国での販売用を抜き取ると、*税金の問題や、
手続きなどがかなり煩雑です。
資材などを含め、現地生産できる商品は現地で手配しますが、その他の商品は日本からの輸入で対応しております。
 
Q. ターゲットはどのような層ですか?
A. ターゲットは、上流階層で、上位5〜10%あたりです。
といっても、*人口の総大数が多いのでかなりの人数になります。
上海以外にも、天津、大連、ハルビンの4カ所で販売を行っています。
中国のお金持ちは日本と比べてもずっと金持ちで、 北京の店舗でも、金持ちが遠くから車でやってきて、買い付けていくということもざらです。
 
Q. コンセプトやブランド戦略についてはどのように
考えておられますか?
A. コンセプトは日本と同じコンセプトをこちらでも適応しています。
しかし、品揃えに関しては、中国人の好みに合わせた品揃えをすることが必要だと考えています。
特に、日本ではあまり人気のない、*赤い下着が中国人には非常に好まれます。
日本の商品をこちらで赤く染めて売ったこともありますね。逆に、日本で男性に好まれる青い色は、日本ほど好まれません。
将来的には、欧米のように、香水と下着など「肌に触れるもの」というコンセプトで商品の幅を広げていきたいと思っています。
そのためにも、現地での生産体制、商品開発ができるようにしていかなければなりません。
ブランドイメージが非常に重要です。また、中国では体型も、北と南、内陸と沿岸部でかなり差があるので、それらを考慮した品揃えをしなければなりません。 日本ブランドは「日本ブランド」の付加価値だけでは、売れなくなっています。
今や中国での生産レベルも上がっておりますし、欧米ブランドも相当進出してきているので、 「日本」=「高品質」というイメージも、以前ほどのものではありません。
中国には、欧米から多くの生産技術が入って根付いており、すでに、日本製品がなくても十分やっていける国になっています。
そんな中、店頭でいかに消費者に自社のブランドイメージを伝えられるか、売り場作りが非常に重要なポイントですね。
 
Q. 中国駐在についてはどうですか?
A. 中国駐在のおもしろさは、人の採用から品揃え、出店場所の確保まですべて自分で考え、調べてやるので、非常にやりがいがあることです。
もちろん、中国では、日本でやってきたブランドも、ユーザーレベルの認知度は日本ほどではないですし、当初は0からのスタートなので、スケールも日本ほどには大きくはありません。
しかし、それ以上のやりがいがありますね。
中国に来て思ったことは、中国では「スピード」が非常に大事だということです。
のんびり構えていても、何も前に進みません。やってみて駄目なら方向性を変える、くらいの気持ちで進めなければならないですね。道路を渡るときは、いつもこの教訓を思い出します。
駐在当初はなかなか怖くてわたることができませんでしたが、どこかで踏ん切りをつけてわたらないといつまでたっても渡ることはできないですね。
最近は非常によくなってきましたが、まだまだ中国では交通ルールが守られておらず、大げさに言うならば「リスク」を負わなければ道路を渡ることもできません。
また、上海では、一見の店に行くのが好きで、いろいろな店に行っています。
常に自分に新鮮な空気を吹き込むために、住まいも1年に一度変えることにしています。
 
Q. *労務管理についてはいかがですか?
A. 中国人スタッフは、日本人に比べても非常に熱心な人が多く、休日・夜などに勉強して資格を取り、常に自分自身のステップアップを目指している人も多いです。
もちろん、それに対して報酬が支払われる仕組みが上海にはあります。
1年契約で、契約が終われば、より良い条件を求めて転職するのは当たり前、こちらも、十分成果を出せなければ、やめてもらうようにしています。
中国には、もちろん、仕事中に売り場を放り出してどこかに行ってしまったり、当然のように遅刻したりする人もいますが、その反面、がんばる人はとてもよく働いてくれます。
大学生を見ていても、必死で勉強しています。ハングリー精神は日本人の比ではありません。
当社の採用に関してですが、当初日本語の能力のあるスタッフを、派遣会社を通して(1ヶ月分の給料を手数料として支払った)雇いましたが、その後の採用はインターネットなどを使って独自でやり、中国語のみのスタッフを採用しています。
2000元で2つの媒体に広告を出しましたが、300人もの人から応募があり、中国の人は、職を持っていても常に転職情報などにアンテナをはり、いい条件の仕事を求めていることがわかりました。
面接していて、返事を待ってもらうと、「昨日」面接した人間に、今日「採用」の返事を出したら「もう他に決まりました」と言われるなど日常茶飯事です。
ここでも、スピード大事ですね。優秀な人間には、それなりの報償を支払い、必死で働いてもらう。十分な報酬を支払えなければ、すぐにやめてしまいます。歩合制は非常に有効です。自分に返ってくるとわかれば、それだけ必死で働いてくれます。
もうひとつは、古臭い言い方かもしれませんが、「やりがい」を与えられるか、と言うことだと思います。
それも「自分のレベルを上げている」と実感できるような。
新しい仕事にチャレンジし、自分の能力を実感し、また、それに合わせて成果も上がっている時は楽しくうれしいもので、これは給料の額面とは別次元だと思います。
給料が高くともその様な実感があるのとないのとでは、その後の継続性や実績に影響があると思います。メンタル的な部分も忘れてはいけないですね。
 
Q. 中国での生活はいかがですか?
A. 料理は自宅で作っています。週に半分くらいは自宅で作るのですが、調味料などが日本とは全然違うので、毎回、どんな味になるのか楽しみです。
今住んでいるところは、中国人のお金持ちが主に住んでいまして、6500元です。
当初は外国人用のアパートで、9000元くらいの所に住んでいましたが、やはり外国人用というだけで割高です。
上海では4000元以上の物件ならば、十分の広さで、中心部までの距離も近く、生活はできると思います。
 
Q. 上海に来ると、ここは本当に社会主義の国なのだろうか?と思うのですが、実際、日本と変わらないのではないですか?
A. 確かに、表面だけ見たら、資本主義の国と変わりません。
しかし、まだまだ社会主義的なところが残っていて、しばしば法律が改正されるなど、不安定要因も多々あります。輸出・輸入に関する問題もしばしば発生します。
変更された法律に関しては、ひとつひとつ調べるのは、素人ではとても難しいので、問題があるときは、現地の日系弁護士事務所、中国系で日系企業向けの法律事務所などに相談に行きます。
相談料がかかるので、しっかり話をまとめてからいくのが大事ですね。
また、サーズの時などは、規制のため、正しい情報をメディアが報道できなかった、という失敗はありますが、国を挙げて立ち向かう雰囲気は、すごいと思いました。
CMで、サーズ患者を扱う病院で働くお母さんが仕事にいかなければならず、それを見送る娘のストーリーが流れていましたが、自分も中国人なら素直に感動し、「みんなでがんばろう」という気になるだろうと思いました。
そういったところは、社会主義の強さかもしれませんね。
 
Q. 中国は近年の成長の速さ、変化の速さが象徴的ですが、
実際1年あまり滞在されて感じることはありますか?
A. 中国の変化に関しては、この1年間でも、町並みなど、どんどん変わっていくのを感じます。
物は世界標準の物が入っていますが、制度や人々の意識はまだまだ途上中で、(海賊版、コピー商品の問題など)、これから北京オリンピックなどを目標に変わっていくと思います。衛生面に関しても、サーズの発生以降、若干よくなったような気がします。
 
Q. 中国の物価はどうですか?
A. 嗜好品は、総じて非常に高いです。例えば、今飲んでいるコーヒーは高い(25元)ですが、昼食は中国人と同じ物を食べれば、10元もかかりません。
Tシャツでも、安いところで買えば、10元もあれば十分買えるし、デパートに行けば、日本と同じ物が日本より高い値段で売っていたりします。
普通の人から言わせれば、1流のデパートと言われるような所で、買い物するのは、馬鹿みたい、と言うほど値段の格差がありますね。
同じような商品が、マーケットに行けばものすごく安い値段で売ってあります。
 
Q. 中国では、売上は上げても回収ができないなど、商売の
難しさがよくいわれますがそれについてはいかがですか?
A. 取引先などにはめぐまれまして、騙されたということはまだありません。
しかし、日本人は営業許可を独自に取ることができないので、いいパートナー関係が非常に重要です。
中国人と協力して独立したものの、利益が出るようになったら、名義が中国人であったため、店ごと乗っ取られてしまった、という話も聞きます。
 
Q. 今後の目標などをお聞かせ下さい。
A. 5年後を目標に20億円くらいにはしたいと思っています。
20億売るまで帰ってくるな、と言われてますので(笑)。
今年は1年、マーケットに関する情報を0から集めて来ましたので、来年からが勝負です。
 
. インタビューを終えて
. インタビューは、日本食レストランなどの多い、虹橋地区近くの喫茶店で2時間に渡り行いました。
とてもエネルギッシュな方で、頭の回転も速く、中国で活躍される方というのはこういう方なのだと、納得しました。
上海に来る前に、中国をよく知る上司から送られた言葉は、3つの「あ」、「あせらず、あきらめず、あてにせず」だったそうです。
この「あてにせず」は、社会主義全盛時代の中国から学び取られたものですが、
上海に来て初めてその意味がわかったと言っておられました。

これからも、こういった中国の様子について、日本人の方のみならず、色々な方にお話を伺っていきたいと思います。 今回はお忙しい中、貴重なお話をどうもありがとうございました。